楯の会年表(昭和40年~46年) 製作:犬塚潔、三島森田事務所

HISTORY

昭和52年(1977)三島森田事務所設立

昭和40年(1965)

三島由紀夫(40歳)

森田必勝(20歳)

11月、中国で文化大革命

昭和41年(1966)

森田必勝早稲田大学教育学部入学。

8月、ドナルド・キーンと共に奈良の大神神社に3日間参籠。

京都・広島・熊本へ「奔馬」の取材。熊本で荒木精之に面談、神風連事跡、遺跡を訪問

9月、船坂弘より日本刀・関孫六を受贈

12月19日、「論争ジャーナル」編集部の万代潔と面談

6月29日、ビートルズ来日

昭和42年(1967)

1月、「論争ジャーナル」編集長の中辻和彦、日本学生新聞編集長の持丸博と面談

4月、久留米陸上自衛隊幹部候補生学校・富士学校・習志野空挺団に約1カ月半体験入隊

9月、26日よりインド政府の招きにより夫人同伴で「暁の寺」取材旅行

12月、航空自衛隊百里基地よりF104超音速ジェット戦闘機に、文士として初めて試乗

2月、初めての建国記念の日

4月、美濃部東京都知事誕生

12月、佐藤首相「非核原則」言明

昭和43年(1968)

2月25日「論争ジャーナル」編集部において血判状作成

3月、御殿場市の陸上自衛隊富士学校滝ヶ原分屯地に、学生を引率体験入隊(一期生)

4月14日、青梅にて楯の会の制服を着用し記念撮影

5月、日本学生同盟セミナー全国合宿研修会(文化フォーラム・八王子)に、林房雄、村松剛らと出席

6月16日、一橋大学における学生との討論集会に出席、テーマ「国家革新の原理」

7月、評論「文化防衛論」[中央公論]25日~8月23日、御殿場市の陸上自衛隊富士学校滝ヶ原分屯地に学生を引率体験入隊(二期生)

10月、座談会「三島由紀夫氏と体験入隊学生は語る」(論争ジャーナル)、3日、早稲田大学にて尚史会主催の討論集会に参加、5日、虎ノ門教育会館にて「楯の会」結成記者会見

11月16日、茨城大学茨苑祭実行委員会主催の討論集会に参加

1月、東大紛争始まる

8月20日、チェコ事件(プラハの春)

12月11日、川端康成ノーベル文学賞受賞

12月20日、3億円事件発生

昭和44年(1969)

1月、森田必勝、日学同を退会

2月、「楯の会の決意」[創刊号評論]、「反革命宣言」[論争ジャーナル]

3月、御殿場市の陸上自衛隊富士学校滝ヶ原分屯地に、学生を引率体験入隊(三期生)

5月12日、東大にて、全学共闘会議駒場共闘焚祭委員会主催の討論集会に参加

7月、御殿場市の陸上自衛隊富士学校滝ヶ原分屯地に、学生を引率体験入隊(四期生)

9月、楯の会学生長に森田必勝を指名

10月21日、国際反戦デーのデモを隊員らと銀座、新宿で観察

11月3日、楯の会1周年記念パレード(国立劇場)「楯の会のこと」配布

12月22日、月例会を兼ね、習志野空挺団にてパラシュートの降下訓練

1月、東大安田講堂封鎖解除

3月、中ソ珍宝島で武力衝突

7月、アポロ11号月面着陸

10月21日、国際反戦デー

昭和45年(1970)

3月1日~28日、御殿場市の陸上自衛隊富士学校滝ヶ原分屯地に、学生を引率体験入隊(五期生)楯の会学生長森田必勝との間で決起計画立案

4月、小賀正義・小川正洋が決起計画に参加。29日、楯の会の歌、朗読「英霊の声」クラウンレコード

8月、伊豆下田東急ホテルで「天人五衰」最終章を脱稿

9月10日~12日、御殿場市の陸上自衛隊富士学校滝ヶ原分屯地に学生を引率体験入隊(リフレッシャー)

10月19日、半蔵門の東條会館写真部で決起計画参加の4人と記念撮影

11月4日~6日、御殿場市の陸上自衛隊富士学校滝ヶ原分屯地に学生を引率、最後の体験入隊(リフレッシャー)

12日~17日、池袋東武百貨店にて「三島由紀夫展」。

25日、『豊饒の海』最終章「天人五衰」完結、「楯の会」学生長森田必勝ほか3名と、市ヶ谷陸上自衛隊東部方面総監部に至り、自衛隊の覚醒と決起を促すも果たさず、「天皇陛下万歳」を三唱し、割腹自決(享年45歳)。午後零時15分。森田必勝は介錯後、同じく割腹自決(享年25歳)

12月11日、池袋豊島公会堂における追悼の夕(憂国忌)

昭和46年(1971)

1月24日、築地本願寺で三島由紀夫の葬儀

2月28日、楯の会解散式(西日暮里・神道禊大教会)

3月14日、大阪万博開幕

3月31日、赤軍派よど号事件
彰武院文鑑公威居士
慈照院釈真徹必勝居

昭和52年(1977)

元楯の会有志を中心に三島森田事務所設立


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